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石川達三『蒼氓』社会派作家の視線は民衆に向けられていた

石川達三氏(1905~85年)の『蒼氓』は、1935(昭和10)年の第1回芥川賞受賞作である。石川達三氏は秋田県出身の作家。
作品の舞台は、1930(昭和5)年、神戸の国立海外移民収容所。これから900人以上の移民希望者が、ひと月半かけて、ブラジルのサンパウロ州にある港湾都市、サントスへ向かう。
1935年発表の短編小説『蒼氓』には、出向までの8日間が描かれている。その後、石川達三氏は、第2部「南海航路」、第3部「声無き民」を執筆し、1939年に長編小説として発表した。

石川達三氏は、作品の舞台と同年の、1930年に移民監督者として移民船「ら・ぷらた丸」で、ブラジルへ渡航した。本作は、小説のモデルとなる民衆と真正面から向き合った経験を生かし、卓越した観察力で描かれている。

本作のベースには、実体験がある。深層には石川達三氏の強い正義感もあるようだ。本作の登場人物の多くは、石川達三氏の出身地である秋田県をはじめ全国から集まった、ブラジルへの移住を希望する極貧の農民である。彼らの会話は、出身地の方言。石川達三氏は、彼らに焦点を当てて『蒼氓』を執筆した。

蒼氓という言葉を、もう少し簡単に言い換えると民衆という言葉になる。石川達三氏は、国策に翻弄され故郷を離れ未知のブラジルの地へ向かう、民衆の存在を本作で伝えたかったのであろう。そして当時の読者の心をつかみ、高く評価されたのだ。

石川達三氏は、ブラジルに渡航し数カ月、日本人農園に滞在してから帰国した。石川達三氏は、芥川賞受賞後、ブラジル移民の現実を知る。そして1939年に、船内での生活を描いた第2部「南海航路」、ブラジルの地で働きだそうとする姿を描いた第3部「声無き民」を加え、長編小説として発表したのだ。

単行本『蒼氓』は、石川達三氏の出身地秋田で地方紙を発行している、秋田魁新報社によって2014年に復刊された。本書には「蒼氓」3部作全てが収録されている。
分量としては、第1部『蒼氓』が88ページ、第2部「南海航路」が122ページ、第3部「声無き民」が50ページ。

第3部「声無き民」の結末の場面は、農場に来て三日目の朝、初仕事の日である。すでに家族五人は、与えられた粗末な家で生活を始めていた。この五人は、ブラジル移民になるために結ばれた、婚姻関係により成立した家族である。これは、頻繁に行われていたこと。男3人が肩を並べて農場へ向かう。そして老女とその嫁が、3人を見送る場面で終わる。

参考文献 石川達三『蒼氓』秋田魁新報社,2014