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東野圭吾「さよなら『お父さん』」、名作『秘密』のプロトタイプはわけあり物件!?

東野圭吾さんの短編小説「さよなら『お父さん』」の初出は、光文社が発行している小説誌「小説宝石」の1994年7月号。
その後、2011年1月に光文社文庫から発売された短編小説集『あの頃の誰か』に収録された。小説誌での発表から16年以上経ってからの文庫化である。
『あの頃の誰か』は、当初から文庫判として発売された短編小説集であり、「さよなら『お父さん』」ほか全8編を収録している。東野圭吾さんの言葉を借りれば、「わけあり物件」が収録されているとのこと。

短編小説「さよなら『お父さん』」は、長編小説『秘密』の原型である。航空機事故をスキーバスの転落事故にするなどの変更をしているが、着想やあらすじはほぼ同じ。
ただし、「さよなら『お父さん』」は、ページ数が文庫本で26ページの短編。対して『秘密』は、単行本で415ページ、文庫本で452ページの長編。『秘密』は、1998年9月に文藝春秋から単行本として刊行され、2001年5月に文庫本が発売された。
東野圭吾さんは、『あの頃の誰か』のあとがきで、「さよなら『お父さん』」を収録するかどうか非常に迷った、と述べている。そして次のようなことも述べている

この短編は、私の長編小説の『秘密』の原型です。作品として不満だったから、長編として書き直したのです。そんなものを商品として出していいものだろうかと悩みました。

作品として不満があったが、担当編集者の意見を聞き入れて、載せることにしたらしい。

「さよなら『お父さん』」がどういう作品かというと、オーソドックスな構成で、段落分けなどがしっかりしている印象を受ける。分量が26ページと短いこともあるが、話の内容や展開が分かりやすい。

『あの頃の誰か』は、シリーズものでない8編を収める短編集である。8編のタイトルは、「シャレードがいっぱい」(コットン90年11月号)、「レイコと玲子」(コットン91年6月号)、「再生魔術の女」(問題小説94年3月号)、「さよなら『お父さん』」(小説宝石94年7月号)、「名探偵退場」(『やっぱりミステリーが好き』新潮社90年6月刊)、「女も虎も」(IN★POCKET97年7月号)、「眠りたい死にたくない」(小説新潮95年10月号)、「二十年目の約束」(別冊小説宝石89年12月号)。
シャレードがいっぱい」と「レイコと玲子」を掲載した小説誌『コットン』の出版社は倒産している。徳間書店の文芸誌『問題小説』は、2012年1月号より誌名を『読楽』(どくらく)に改題。講談社の『IN★POCKET』は2018年8月号をもって休刊。
どの作品も、2011年1月刊行の『あの頃の誰か』まで、東野圭吾さんの短編集への収録チャンスがなかった。

「シャレードがいっぱい」は、バブル景気の頃に書かれたものだが、作品にその気配が漂っている。この作品がきっかけとなり、『あの頃の誰か』というタイトルを付けたらしい。
この小説には、メッシー、アッシー、ミツグ君といった、当時使われていた嫌な言葉が出てくる。そして、この頃の携帯電話は大きかった。

「名探偵退場」は、1990年に新潮社から単行本として刊行された『やっぱりミステリーが好き』に収録されていた作品。また『やっぱりミステリーが好き』は、1995年には講談社から文庫本が刊行されている。
『やっぱりミステリーが好き』には、当時の若手作家グループ「雨の会」のメンバーが、アンソロジーを作るために書き下ろした作品が収録されている。

「女も虎も」は、講談社の企画で書いた作品。どういった企画かというと、ある作家が出したタイトルで、ほかの作家が小説を書くというもの。

「再生魔術の女」のように、東野圭吾さんが気に入っている作品もある。この作品に関しては、単に収録チャンスがなかったとのこと。
『あの頃の誰か』以前に、シリーズものでない短編集が刊行されたのは、94年2月刊行の『怪しい人びと』。「再生魔術の女」の発表は94年3月号。短編集『怪しい人びと』への収録には、間に合わなかったようだ。
『あの頃の誰か』は、17年ぶりの、シリーズもの以外の短編集の発売であった。

東野圭吾さんは、文庫本化にあたり内容に不満を感じていた作品に関しては、手直ししている。最もたくさん手直したのが、「レイコと玲子」とのこと。