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村上春樹『風の歌を聴け』1979年発表のデビュー作

風の歌を聴け』(講談社)は、村上春樹氏のデビュー作であり、その後の作品とも作風に共通点が多い。そういった意味で、村上春樹氏の原点となる小説とも言えるだろう。

村上春樹氏は、この作品で1979年の第22回群像新人文学賞を受け、作家デビューを果たした。
そして村上春樹氏は、翌年の1980年に『1973年のピンボール』講談社)、1982年に『羊をめぐる冒険』講談社)を発表した。
これら三作は、主人公が同一人物であり、同じ人物が登場するため、初期三部作と呼ばれている関連作品だ。
1988年発表の『ダンス・ダンス・ダンス』講談社)も、主人公が同一人物であり、初期三部作の続編となっている。
読むのであれば順番に読むことをお勧めする。

風の歌を聴け』は、東京の大学に通っていた主人公が、夏休みに実家へ帰省したときのことが話の中心だ。作中には1970年の18日間とある。時代背景を村上春樹氏の大学生時代と重ねているようだ。
主人公の「僕」は、中国人のジェイが経営する「ジェイズ・バー」に頻繁に通っている。主人公の「僕」は、鼠という渾名の友人とよくつるんでいて、「ジェイズ・バー」でも一緒に飲むことが多い。二人は泥酔するまで飲むことがある。飲酒運転をすることもあり、現在の社会であったら、とっくに警察に捕まっているだろう。

ある日、主人公の「僕」は、「ジェイズ・バー」の洗面所で寝転んでいる女の子と出くわした。ジョイと相談した結果、主人公の「僕」が女の子を家まで送ることになった。女の子の家の住所は、たまたまバッグに入っていた葉書で分かったとのこと。
これは主人公の「僕」が、翌朝目覚めた女の子に説明したときの内容だ。
つまりその女の子は、翌朝になってから初めて、主人公の「僕」が女の子のアパートに泊ったことを知ったようだ。

風の歌を聴け』には、デレク・ハートフィールド(Derek Heartfield )という架空の小説家が登場する。主人公の「僕」がハートフィールドの最初の一冊を手にしたのは、中学3年生の夏休み。ハートフィールドは、1909年生まれで1938年没という設定である。主人公の「僕」は、ハートフィールドのことを、作中で頻繁に語っている。それだけ、主人公の「僕」にとって重要な作家という位置づけなのだろう。ヘミングウェイフィッツジェラルドと共に作中に名前が挙げられ、細かい設定がなされているが、デレク・ハートフィールドはあくまでも架空の人物である。
村上春樹氏がアメリカ文学の影響を受けていることは広く知られており、自身も公言している。

風の歌を聴け』の冒頭は、文章を書くことについて語るところから始まっている。作家になることを思い立ち、その最初の作品で文章を書くことについて語っている。村上春樹氏は、架空の作家であるデレク・ハートフィールドや、鼠との会話のなかで、文章を書くことや小説について触れ、小説への想いや本音、世界観のようなものを語っているようだ。村上春樹氏は、書くことの意味を問うことをテーマのひとつにしているので、この作品はメタフィクションとも言えるだろう。こういった小説は、その後の作品にも多い。

風の歌を聴け』の最後にはあとがきがある。見出しは「ハートフィールド、再び……(あとがきにかえて)」。このあとがきは、村上春樹氏がアメリカに渡り、ハートフィールドの墓を尋ねたという内容だ。最後には、「1975年5月、村上春樹」と、日付および名前を入れているが、ハートフィールドは実在しない。
村上春樹氏は、2009年から2010年にかけて『1Q84』(新潮社)という長編小説を発表した。『1Q84』には、小説の中で「空気さなぎ」という架空の小説が登場する。「空気さなぎ」は、女子高生が書いたものを、主人公の一人、天吾がリライトした作品だ。この『1Q84』では、いわゆるメタフィクションとして、具体的に小説の中で小説を取り込んでいる。天吾は、好青年として描かれていた。

風の歌を聴け』の主人公である「僕」は、ちゃらちゃらして、軽薄な印象を与える人物だ。あまり好感を持たれる人物ではないかもしれない。ただ、20歳ごろの出来事であり、それに近い生活を送っていた人は、多いのではないだろうか。
「ジェイズ・バー」に寝転んでいた女の子は、左手の指が4本しかない。8歳の時に、掃除機のモーターで小指をはさんだのだ。その女の子は、酔いつぶれた翌朝のベッドで、主人公の「僕」が部屋にいるのを見て驚く。送ってくれたことを感謝しつつ、不信感を抱いた。酔っぱらってバーの洗面所に寝転んでいたことを除けば、結構まともな女の子かもしれない。最初、女の子は主人公の「僕」を避けようとしたが、その後、何度か会うようになる。二人のその後や会話は、この小説の読みどころのひとつと言えるだろう。