Literary blog

世の中の動きと文学について

村上春樹氏の世界観をインタビューや作品を基に考える

村上春樹という作家のおさらい

村上春樹氏は、日本だけでなく、国外でも人気が高く、世界に影響力を持つ作家のひとりとして評されています。村上春樹氏は、数多くの作品を執筆し、数多くの国内賞および国際賞を受賞しました。小説家であると同時に、文学翻訳家としても知られています。

村上春樹氏は、地下鉄サリン事件に強い関心を持ち、被害者や関係者、そして元信者へのインタビュー取材に基づく、ノンフィクション文学作品も執筆しました。

日本人の村上春樹氏ですが、アメリカ文学に大きな影響を受けていることを、村上春樹氏自身が語っています。アメリカ文学が、村上春樹氏の創作活動に影響を与えていることは確かでしょう。十代の頃の村上春樹氏は、アメリカ文化やハードボイルドの探偵小説などに没頭していたとのこと。ただ、夏目漱石大江健三郎氏などが書いた小説も読んでいたようです。

村上春樹氏は、1949年に京都府京都市伏見区で生まれ、兵庫県西宮市および芦屋市で育ちました。両親とも国語教師であり、本好きの親の影響で読書家に育ちます。ただし子どもの頃、父親から『枕草子』や『平家物語』、『徒然草』などの古典を読まされ、両親の日本文学に関する話にうんざりしていたとのこと。そのためなのか、欧米翻訳文学に傾倒します。

最終学歴は、早稲田大学第一文学部映画演劇科。映画脚本家を目指していた時期があった模様。大学在学中の1974年にジャズ喫茶を開業。1978年、プロ野球観戦中に小説を書くことを思い立ち、翌年には『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞しました。

この頃からアメリカ文学からの影響を指摘されています。

朝日新聞「平成の30冊」を発表、1位は村上春樹氏の長編小説『1Q84

村上春樹氏の長編小説『1Q84』は、2009年から2010年にかけて、新潮社から発売された長編小説です。単行本はBOOK1、BOOK2、BOOK3の全3巻からなり、BOOK1とBOOK2は2009年に、BOOK3は2010年に発売されました。文庫本では、BOOK1、BOOK2、BOOK3の各巻が前編と後編に分かれるため、全6冊になります。

1Q84』は村上春樹氏の代表作の一つであり、朝日新聞が識者へのアンケートで選んだ「平成の30冊」では第1位でした。

「好書好日」は、朝日新聞社が運営する本のサイトです。

朝日新聞「平成の30冊」を発表 1位「1Q84」 2位「わたしを離さないで」 3位「告白」 | 好書好日(こうしょこうじつ)

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2009年にYOMIURI ONLILEの「本よみうり堂」に掲載されたインタビュー記事

YOMIURI ONLILE(読売新聞)の本の情報コーナー「本よみうり堂」に、村上春樹氏へのインタビュー記事が掲載されたことがありました。

2009年6月16日に掲載された記事です。

村上春樹氏は、『1Q84』の執筆動機や背景として、次の2つを挙げています。

一つは、故・ジョージ・オーウェル氏の近未来小説『1984年』。この小説を土台に、近過去の小説を書きたいと考えていたそうです。1945年に刊行されたジョージ・オーウェル氏の『1984年』は近未来小説でしたが、村上春樹氏の『1Q84』は近過去の小説ということになります。

もう一つは、1995年に起きた地下鉄サリン事件村上春樹氏は、地下鉄サリン事件の取材をまとめた2つのノンフィクション文学作品を執筆しています。被害者やその関係者へのインタビューをまとめた『アンダーグラウンド』。そして、元信者8人へのインタビューなどをまとめた『約束された場所で―underground 2』。村上春樹氏は、その後も裁判の傍聴を続けていました。村上春樹氏は、事件への憤りはあっても、基本的に死刑制度には反対の立場です。

村上春樹氏へのインタビュー記事を一部抜粋すると、次のようなことを述べています。

自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。それがこの物語の出発点になった。

2011年にニューヨーク・タイムズ・マガジンに掲載された村上春樹氏へのインタビュー記事

ニューヨーク・タイムズ・マガジンのウェブサイトに興味深い記事を見つけました。この記事は、アメリカ人評論家サム・アンダーソン氏が、日本を訪れて村上春樹氏に単独インタビューをしたときの記事です。

村上春樹の猛烈な想像力 | ニューヨーク・タイムズ・マガジン

ニューヨーク・タイムズ・マガジンのウェブサイトに掲載されたのは2011年10月21日。こちらの記事も少し古い記事ですが、長編小説『1Q84』に関することが書かれています。

村上春樹氏は、サム・アンダーソン氏のインタビューで次のようなことを述べています。『1Q84』は、自身の短編小説『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』から派生した物語であると。

基本的には同じです。男の子と女の子が出会い、離れ離れになります。彼らは、大人になってからお互いを探し始めます。単純な物語です。ただ長くしただけです。

それから、次のようなことも述べています。

1Q84のタイトルは冗談です。洒落のかかっているオーウェルのリファレンスです。

 これは、『1984年』(Nineteen Eighty-Four)というタイトルの、イギリス人作家ジョージ・オーウェル氏が書いた小説のことを指しています。ジョージ・オーウェル氏の『1984年』は、1949年に刊行された、ディストピアの世界を描いた作品です。

他にも、サム・アンダーソン氏のインタビューで、村上春樹氏は次のようなことを述べています。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで、半分フィクションライターです。私は100%フィクション作家です。私はメッセージを書きたくない。いい話を書きたいのです。私は、誰にも政治的メッセージを述べていません。

ただし村上春樹氏は、2009年エルサレム賞の授賞式で、パレスチナイスラエルの問題を語ったことがありました。これについてはサム・アンダーソン氏も、インタビュー記事の中で指摘しています。村上春樹氏は、授賞式のスピーチで、パレスチナイスラエルを、卵と壁に喩えました。

また、村上春樹氏は、2011年6月のカタルーニャ国際賞の授賞スピーチでも、注目されました。カタルーニャ国際賞は、スペイン北東部のカタルーニャ自治州政府が、人文科学分野の功績者に送る賞です。この時の授賞スピーチで村上春樹氏は、「非現実的な夢想家として」という題のスピーチをしました。スピーチでは、日本は東日本大震災からの復興に向けて立ち上がっていかなければならない、と強調しながら次のようなことを述べています。

第二次世界大戦では広島と長崎に原爆を投下され、今回は自らの手で過ちを犯した、という内容のことです。村上春樹氏は、福島第1原子力発電所の事故を、日本にとって2度目の大きな核の被害とし、今回は自らの手で過ちを犯したと、厳しい見方を示しました。

「核へのノー貫くべきだった」 村上春樹氏がスピーチ カタルーニャ国際賞授賞式 | 日本経済新聞

サム・アンダーソン氏が、このカタルーニャ国際賞授賞式での授賞スピーチについて触れると、村上春樹氏は次のように述べたそうです。

私は99%がフィクション作家で、1%が市民です。