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村上春樹『一人称単数』短篇集についての総括と世間の評判

短篇集は、文章の名手と言われるような、老練な作家が書くもの、という意見を聞くことがある。この考えからすると、村上春樹氏の短篇集『一人称単数』は正にその通りである。
村上春樹氏本人は、短篇の創作を実験の場としている、といった発言をすることがある。短篇小説を、下敷きにしたり、発展させたり、取り入れたりして書かれた長篇小説もある。例えば、『ねじまき鳥クロニクル『ノルウェイの森』『1Q84』などが、それに該当する作品だ。短篇を原型として長篇を書くという行為は、村上春樹氏に限らず、多くの作家が行っている。いずれにしても、本短篇集『一人称単数』は、間違いなく読む価値の大きい作品と言えるだろう。

短篇集『一人称単数』は、「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「ヤクルト・スワローズ詩集」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」「一人称単数」の8篇からなる。
本短篇集の特徴の一つは、表題でも示している通り、8篇すべてが一人称単数で語られていることであろう。小説を書く際は視点をどうするかという問題がある。この場合の視点は、小説の中で場面を映し出すビデオカメラの役割のことを指している。つまり語り手のことだ。

視点の分け方には、人物視点なのか全知視点なのかと、一視点なのか多視点なのか、という2つの側面がある。私小説のような純文学は一視点で書かれることが多く、神話や歴史小説のような大きな物語は全知視点で書かれることが多い。
全知視点は、作者視点、神の視点、客観三人称などとも言う。小説は、二人称で書かれることは稀であり、大抵は一人称か三人称かのどちらかである。
本短篇集の語り手は、「クリーム」が「ぼく」、表題作「一人称単数」が「私」で、他の6編が「僕」となっている。別の人物に視点が移動することはなく、一人の主人公の視点で語られている。

ちなみに、2004年に講談社から刊行された村上春樹氏の著作『アフターダーク』は、「私たち」という一人称複数で語られている。また、2009年から2010年にかけて、新潮社から刊行された『1Q84』では、視点となる中心人物が、主人公である2人の男女、天吾と青豆、そして裏社会で生きる牛河の3人であった。

短篇集『一人称単数』に収録されている、8篇の内容については、それぞれに違う味わいがある。村上春樹氏の作品は、これまでも奇妙な物語であったり、謎めいた人物が登場したりする作品が多い。その傾向は本短篇集にも言える。

本短篇集から、特に奇妙な物語を挙げるとすれば、「品川猿の告白」が該当するであろう。猿が人間の言葉を使って話しかけてくるだけでなく、古びた温泉宿で働いている。それに、その猿には妙な特殊能力があるという、とてもシュールな話だ。

逆に「ヤクルト・スワローズ詩集」は、実体験を元にしたエッセイ風の作品であるが、あくまでフィクション。短篇小説として発表している作品だ。脚色されており、架空の話が混ざっている。
読み始めると、村上春樹氏のファンなら誰もが知っていそうな話が書いてある。しかも短篇の中の「右翼手」というタイトルの詩は、実際にヤクルト・スワローズ公式サイトに掲載されている詩とほぼ同じだ。しかし、「ヤクルト・スワローズ詩集」を、1982年に自費出版したという話はフィクションであろう。

他にも、歳を重ねた主人公が、学生時代や過去を振り返るように語る話や、バーで見知らぬ女性から貶される話など、バラエティーに富む作品が収録されている。

村上春樹氏は、1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューを果たしてから今日まで、優れた文学作品を世に送り出してきた。村上春樹氏が、『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞したときの年齢は30歳。
短篇集『一人称単数』は、文藝春秋の月刊誌『文學界』の2018年7月号から2020年2月号に掲載された7作品と書下ろしの1作品から成る。そして2020年7月に単行本として刊行された。村上春樹氏の年齢は71歳。

村上春樹氏は、国語教師の両親の下で読書家に育ち、十代の頃はアメリカ文化やハードボイルドの探偵小説などに没頭していた。そして短篇集『一人称単数』の刊行は、村上春樹氏が作家としてのキャリアを積みながら、歳を重ねることで得た、卓越した作家としての視点と老練した文章によって書かれている。