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村上春樹『一人称単数』短篇集その2「クリーム」は哲学的

村上春樹さんの短篇集『一人称単数』の2作品目「クリーム」を読み終えました。

哲学的に感じる理由は2つ。
一つは、意気消沈して公園のベンチに腰を下ろす語り手の「ぼく」の前に突然現れた、老人の哲学的な話。
もう一つは、語り手の「ぼく」が、老人の話を深く理解しようとして、その後も考え続けたから。

この物語は、主人公の「ぼく」が年下の友人に奇妙な出来事を語るという設定になっています。
書き出しには、18歳のときに経験した奇妙な出来事について、とあります。
それが老人との出会いのことであるなら、敢えて奇妙という言葉を使ってもしっくりする。

事の発端は、奇妙な出来事というよりは、非道徳的な仕打ちを主人公の「ぼく」が受けたことによる。
主人公の「ぼく」は、18歳のときにある女の子から酷い騙しに遭った。
その時の女の子との関係は、数年前まで同じピアノ教室に通っていたというだけ。
恨みを買うような覚えはない。

冒頭を読んでいる段階では、2013年刊行の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』との類似性を感じた。

この小説は、主人公の多崎つくるが、時が流れてから出会った恋人の後押しにより、過去の悲痛な出来事に向き合おうと行動に出る話でした。

一方、短篇「クリーム」では年下の友人に語るのみ。
ピアノ教室で知り合った女の子に、事の真相を問いただす機会はあったはず。
大抵の人は直ぐに行動に出ていたのではないだろうか。
年下の友人も同じように考えたと思う。
だが当時の主人公は、ショックのあまりパニック状態に陥り、行動できなかったのだろう。

この小説は、読む人によって解釈が変わるかもしれない。
深く言及しようとすると、あらすじに触れ過ぎてしまいそう。

「クリーム」というタイトルについては読めば分かるが、主人公が公園で出会った老人の話のなかに出てくる。