Literary Arts

世の中の動きと文学について

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』夫婦の感情のもつれ、戦前の満州国

ねじまき鳥クロニクル』は、村上春樹さんの8作目の長編小説。1994年4月発売の「第1部 泥棒かささぎ編」「第2部 予言する鳥編」、1995年8月発売の「第3部 鳥刺し男編」の3巻から成る。新潮社から刊行された。
「第1部 泥棒かささぎ編」は、『新潮』(1992年10月号~93年8月号)に10回連載されたものに、加筆したもの、と単行本の巻末に書かれている。また、月刊誌『新潮』1986年1月号に掲載された村上春樹さんの作品に「ねじまき鳥と火曜日の女たち」という短編小説がある。「第1部 泥棒かささぎ編」の冒頭は、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」を改稿したもの。なお、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」は、文藝春秋から刊行された短編集『パン屋再襲撃』に所収されている。
「第2部 予言する鳥編」は書き下ろし。「第3部 鳥刺し男編」も書き下ろしではあるが、「10 動物園襲撃(あるいは要領の悪い虐殺)」は『新潮』1994年12月号に短編小説として掲載された。本作は第47回読売文学賞小説賞を受賞した作品。

長編小説『ねじまき鳥クロニクル』の主人公の名前は、岡田亨(オカダ・トオル)。一人称で語られる。岡田亨は、法律事務所を辞め、失業保険を受給中。彼は従事していた仕事を専門的使い走りという。司法試験は諦めている。年齢は30歳。一戸建て住宅に住むが、そこは叔父の好意で安い家賃で借りている家。冒頭では、主人公・岡田亨の人物像や境遇はこのように描かれている。
岡田亨は妻と二人暮らし。妻の名前は久美子。久美子は、健康食品や自然食料理を専門とする雑誌の編集の仕事に携わっている。副業として、他の雑誌のイラストレーションの仕事もしている。彼女は、学生時代にデザインの勉強をしていた。いずれはフリーランスイラストレーターになることが目標。
失業中の岡田亨は、妻に代わって家事全般をこなす。冒頭はこのように始まる。だが、奇妙な出来事が起こり始め、物語は夢の中のような世界へと進む。

本作の大きなテーマのひとつは、岡田亨と久美子の感情のもつれ、そして久美子の生い立ちや家族に関する事。とくに久美子の実の兄・綿谷昇はどういった人物なのか。
綿谷昇の秘書・牛河。村上春樹さんの12作目の長編小説『1Q84』にも牛河という人物が登場するが、キャラクターとして似通っている。
そして、謎めいた加納マルタと加納クレタの姉妹。赤坂ナツメグとシナモンの親子。彼女らも重要人物。本名ではない。加納クレタは、自分の本名が加納節子であると名乗った。
近所の住人、笠原メイとは、飼い猫を捜しているときに知り合う。知り合ったときの彼女の年齢は16歳。一見しっかりとした印象の女の子。彼女は岡田亨に「あなたには何か問題あるわよ」という。最初は、他の登場人物よりまともそうにみえた。だが、加虐的なところがある。彼女は、わかってもらえないと苛々するし無茶苦茶なことをする、といったことを岡田亨に話した。彼女も問題児と言えるだろう。
実家を離れた笠原メイは、岡田亨に手紙を書く。手紙を書く際、彼女はわからない漢字を国語辞典で調べることなくカタカナで書く。夜中に目を覚まし、思い出したように手紙を書いているからということもあるだろう。彼女は、物語の始めから終わりまで登場する。

そしてこの小説は、ノモンハン事件満州国などに関する史実を題材にしている。話の中心にあるのは戦前の満州
有名な占い師の本田大石は、1939年に起こったノモンハンでの戦争に関東軍下士官として従軍した人物だ。本田はかつて陸軍の伍長だった。
岡田亨は、本田の戦友・間宮徳太郎とも知り合う。間宮徳太郎は、戦時中、陸軍中尉だった。ただ、本田と知り合ったときの間宮は少尉。
岡田亨は、間宮徳太郎から壮絶な戦争体験や過酷なシベリア抑留の体験を聞かされる。加納マルタにも、戦時中、獣医であった父親、そして母親と共に満州で暮らした経験がある。加納マルタは終戦前に母親と帰国したが、父親の消息は不明のまま。

世界のねじを巻くねじまき鳥。作中には、シナモンによって語られるという形で、<ねじまき鳥クロニクル>というタイトルの物語も登場する。クロニクルとは年代記を意味する。岡田亨は、コンピュータ画面でシナモンが書いた<ねじまき鳥クロニクル>を目にする。
コンピュータと回線を使った相互送受信。この物語では、岡田亨と久美子、岡田亨と綿谷昇が、コンピュータ通信でやり取りをする場面もある。

なお、各部のタイトルは、ロッシーニが作曲したオペラ『泥棒かささぎ』、シューマンのピアノ独奏曲集『森の情景』の第7曲『予言する鳥』、モーツァルトが作曲したオペラ『魔笛』に登場する、鳥刺し男、パパゲーノからとっている。