世の中の動きと文学について

言葉について考え、想像力を育み、人生をより豊かに

島本理生『ファーストラヴ』普通の初恋ではない、歪められた記憶

本作の主人公は臨床心理士の真壁由紀という女性です。精神科のクリニックに勤めていて、テレビ番組にゲスト出演することもあります。彼女は、ある事件の被告人を取材し、本人の半生を臨床心理士の視点から本にまとめるという企画を、出版社から持ち掛けられ…

村上春樹『カンガルー日和』リリカルな作風の掌編集

村上春樹さんの短編集『カンガルー日和』は1983年9月に平凡社より刊行されました。判型が約15㎝×17㎝のA5変形サイズで、ページ数が236ページの単行本です。1986年10月には講談社より文庫本が刊行され、現在はKindle版も購入できます。 短編集『カンガルー日…

辻村深月『鍵のない夢を見る』町の事件をテーマにした5篇、結論を読者に委ねる

辻村深月さんの短篇集『鍵のない夢を見る』(文藝春秋, 2012年5月)は第147回(2012年上半期)直木賞受賞作です。辻村深月さんは1980年山梨県生まれ。直木賞受賞は32歳のときでした。単行本の帯には「恋愛、結婚、出産。普通の幸せ、ささやかな夢を叶える鍵…

西條奈加『心淋し川』様々な事情を抱え、江戸の一角にある古びた長屋に住む人々

西條奈加さんの短編集『心淋し川』(集英社, 2020年9月)は第164回(2020年下半期)直木賞受賞作です。時代小説の連作短編集であり、全六編が収められています。 作品の舞台は江戸の一角。根津権現近くの千駄木町の外れに長屋があります。そこに住む人々が、…

ケン・リュウ「もののあはれ」日本をテーマにしたSF小説、短篇傑作集2の表題作

原題が「Mono no Aware」で、主人公の名前は「大翔(ひろと)」。日本をテーマにしたSF短篇作品です。ケン・リュウ氏は1976年中華人民共和国甘粛省蘭州市生まれ。11歳のときに、家族と共にアメリカ合衆国に移住しました。物心ついてからの移住であり、中国文…

ケン・リュウ「紙の動物園」ぼくと母親について、第一短篇集などの表題作

短篇小説「紙の動物園」は中国系アメリカ人、ケン・リュウ氏の出世作です。フィクションであり、設定などが異なっても、氏のアイデンティティを感じる作品です。 本作は、2012年度のヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞の各短篇部門を受賞しました。…

ケン・リュウ氏のSF短篇小説「円弧(アーク)」テーマは不死、日本で実写映画化

物語は主人公が人生を振り返るように描かれている。科学の発展による若返りや生命の延長というのは、一度は想像してしまうテーマだと思う。主人公は不可能と思われていた偉業に深く関わってゆく。フィクションとわかっていても、本作に書かれている「長命化…

村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』1983年刊行の初の短編集

短編集『中国行きのスロウ・ボート』は、村上春樹さんの初めての短編集として、1983年5月に中央公論社(現・中央公論新社)より刊行されました。本書には、表題作の「中国行きのスロウ・ボート」のほか、雑誌に発表された年代順に、7編が収められています。…

村上春樹『女のいない男たち』タイトルどおりのモチーフの短編集

村上春樹さんの『女のいない男たち』は、2014年4月に文藝春秋から刊行された短編集です。この場合の「いない」は、「去られたり、失ったりして、いない」という意味合いで使われています。あるいは、去られようとしている男たちです。どの作品も人間関係の機…

村上春樹『職業としての小説家』35年間の作家生活について語った自伝的エッセイ

『職業としての小説家』は、村上春樹さんが書いた自伝的エッセイ。本書は出版社からの依頼で書き始めた文章ではない。少しずつ断片的に、テーマ別に書きためていたそうだ。本書のあとがきで村上春樹さんは、結果的に「自伝的エッセイ」という扱いを受けるこ…

横山秀夫『陰の季節』D県警シリーズの第1弾、松本清張賞受賞の表題作を含む4編を所収

横山秀夫さんの『陰の季節』は、4編を収める短編集として、株式会社文藝春秋より1998年10月に単行本が刊行されました。表題作の「陰の季節」は、1998年5月に第5回松本清張賞を受賞した作品です。 初出は、表題作「陰の季節」が月刊誌『文藝春秋』1998年7月号…

神護かずみ『ノワールをまとう女』裏稼業が生業のヒロインによるハードボイルド的なミステリー小説

神護かずみさんの『ノワールをまとう女』は、2019年度の第65回江戸川乱歩賞受賞作である。応募時のタイトルは『NOIRを纏う彼女』であったが、単行本化の際に改題。「NOIR」はフランス語で、「黒い」あるいは「暗い」という意味。この言葉は、本作の主人公、…

小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』

本書の著者・小川さやかさんは、1978年生まれの文化人類学者で、専門はアフリカ研究。本書『チョンキンマンションのボスは知っている——アングラ経済の人類学』(春秋社)は、初版刊行が2019年7月。2020年度の第8回河合隼雄学芸賞および第51回大宅壮一ノンフ…

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』女性作家による男性的な男の友情物語

三浦しをんさんの『まほろ駅前多田便利軒』は第135回直木賞受賞作である。単行本の刊行は2006年3月。初出は隔月刊の小説誌『別册文藝春秋』。本作は、2005年1月(255)号から2005年11月(260)号にかけて連載された。単行本が6話から成るのはそのため。本作…

東野圭吾『祈りの幕が下りる時』複雑に絡み合ういくつもの謎は加賀恭一郎の母にも繋がっていた

本作の冒頭には、次のようなことが書かれている。仙台のスナックで働く、身寄りのない女性についてである。彼女は36歳の時に、夫と12歳の息子を残し、家を出た。10年ほどが過ぎた頃、彼女は一人の客と深い仲になった。その相手の男性は、仕事で遠方に行くこ…

誉田哲也『ノーマンズランド』長かった20年という歳月、願いが叶わぬことを知ったとき

葛飾区青戸三丁目のマンションの一室で、女子大生の遺体が発見された。被害者は、この部屋の住人であり、大学へ通うために親元を離れて一人暮らしをしていた女性。発見者は被害者の大学の友人およびマンションの管理人。葛飾署に特別捜査本部が設置され、姫…

東野圭吾『沈黙のパレード』共犯者の誰も知らなかった隠れた真実

ミステリー小説において、遺族らの視点に立つ復讐のための殺人というストーリーは受け入れにくいこともある。だが本作は、そういう経緯があったのかと、事件の真相や話の展開に関心を持ち続けながら読了できた。殺意の有無、予期せぬ事態、不運な出来事。自…

綾辻行人『十角館の殺人』熱烈なファンの多い本格ミステリ

復讐劇が始まることを告げるプロローグ。冒頭を読み始めただけで、作者の筆力を感じ、本作への期待感が高まる。彼、つまり殺人を犯す人物は誰なのか。読者が推理することになる。いわゆる叙述トリックを用いたミステリ。プロローグは、殺人を計画している彼…

宇佐見りん『推し、燃ゆ』主人公には早く立ち直って欲しい

僕自身は、これまでの人生で、アイドルを強く推したという経験はない。好きな芸能人は誰か、と聞かれてもすぐに頭の中に浮かばないくらいだ。地方で生まれ育ち、のめり込んでしまうような機会も少なかった。 現実の世界に落胆して、誰かを憧れたり、応援した…

石田衣良『4TEEN』14歳のときの自分を振り返りたくなる連作短篇集

石田衣良さんの『4TEEN』は、2003年に新潮社から刊行された連作短篇集。石田衣良さんは、本書で第129回直木賞を受賞した。『小説新潮』に掲載された6篇と書下ろし2篇の8篇からなる。 基本的には中学生の青春や学校生活などに纏わる物語。爽快な文体が心地よ…

柴崎友香『春の庭』古いアパートでの出会いと懐かし記憶を辿る物語

柴崎友香さんの中篇『春の庭』は第151回芥川賞受賞作。初出は『文學界』2014年6月号。同年7月に文藝春秋より単行本が刊行されました。柴崎友香さんは、本作の出発点が実体験から想像を膨らませたものであることを、インタビューで明かしています。写真家が自…

柳美里『家族シネマ』場面々々が面白い小説、主人公・素美の家族と仕事の話

柳美里さんの短篇「家族シネマ」は第116回芥川賞受賞作。初出は『群像』1996年12月号。1997年刊行の単行本『家族シネマ』には、表題作のほか、『リテール』1996年春号掲載の「真夏」、『小説トリッパー』1996年冬季号掲載の「潮合い」、三篇が所収されている…

川上弘美『蛇を踏む』端的に言えば変身譚、筆力の評価が高い作品

川上弘美さんの短篇「蛇を踏む」は第115回芥川賞受賞作。初出は『文學界』1996 年3月号。同年に刊行された単行本には、表題作「蛇を踏む」のほか、『野性時代』1996年3月号掲載の「消える」および『文學界』1996年9月号掲載の「惜夜記(あたらよき)」の三篇…

白石一文『ほかならぬ人へ』若い男女の恋愛感情や葛藤などをリアルに描写

白石一文さんの『ほかならぬ人へ』は、祥伝社より2009年に単行本が刊行され、第142回直木賞を受賞した作品。中編二作の作品集である。初出は、かつて祥伝社ムックとして刊行されていた小説誌『Feel Love』。『Feel Love』は、20代女性を主な読者層とする読み…

平野啓一郎『マチネの終わりに』運命の出会いから始まった大人の切ない恋物語

世界的なクラシック・ギタリストの蒔野聡史と、国際舞台で活躍するジャーナリスト・小峰洋子。本作は、この魅力溢れる二人の恋物語である。世界で活躍できるような、特別な二人の恋物語であるが、心を打たれる作品であった。 出会ったときの彼らの年齢は、蒔…

川上未映子『乳と卵』大阪出身の女三人が織りなす物語

思春期を迎える女の子とその母親、そして語り手のわたし 川上未映子さんの『乳と卵』(ちちとらん)は、第138回芥川賞受賞作。川上未映子さんは1976年、大阪府生まれ。本作は、独特な大阪弁の文体で書かれており、それが小説としての面白さにもなっていると…

綾辻行人『時計館の殺人』シリーズ第5作は想像を超える大仕掛け

悲しみの連鎖が憎しみの連鎖となり惨劇を生む 館シリーズ第5作『時計館の殺人』<新装改訂版>を読了した。1991年9月に講談社ノベルスから刊行された新書判および1995年6月刊行の講談社文庫版は一冊に収まっていた。が、2012年の全面改訂にあたり上下巻二分…

山崎ナオコーラ氏の短編小説「笑顔と筋肉ロボット」科学技術の進歩のおかげで性差は縮まる!?

物語は笹部紬(ささべ・つむぎ)の幼少期から始まる。紬は、小柄で華奢、顔立ちが美人というわけでもない。そういった女の子ということもあり、親からは笑顔と挨拶を大事にし、優しくて明るい大人になりなさい、と言われる。そして、そのように振る舞いなが…

大前粟生『おもろい以外いらんねん』笑いと差別をテーマにした中編小説

2020年のコロナ下、リアルタイムのお笑い芸人にスポットをあてながら 大前粟生さんの中編小説『おもろい以外いらんねん』は、笑いと差別をテーマにと依頼され、書き上げた作品とのこと。2020年のコロナ下、リアルタイムで現実でも起きているようなことをフィ…

藤原無雨『水と礫』物語を反復させながら広げていく章立てが特徴的な作品

藤原無雨(ふじわら・むう)さんの『水と礫』は第57回文藝賞受賞作。藤原無雨さんは、1987年兵庫県姫路市生まれ。ライトノベルでのペンネームは、マライヤ・ムー。この小説は、章立てに特徴がある。章の冒頭に「1」「2」「3」と数字が振られているのは普通だ…