Literary Blog

世の中の動きと文学について

小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』

本書の著者・小川さやかさんは、1978年生まれの文化人類学者で、専門はアフリカ研究。本書『チョンキンマンションのボスは知っている——アングラ経済の人類学』(春秋社)は、初版刊行が2019年7月。2020年度の第8回河合隼雄学芸賞および第51回大宅壮一ノンフ…

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』女性作家による男性的な男の友情物語

三浦しをんさんの『まほろ駅前多田便利軒』は第135回直木賞受賞作である。単行本の刊行は2006年3月。初出は隔月刊の小説誌『別册文藝春秋』。本作は、2005年1月(255)号から2005年11月(260)号にかけて連載された。単行本が6話から成るのはそのため。本作…

東野圭吾『祈りの幕が下りる時』複雑に絡み合ういくつもの謎は加賀恭一郎の母にも繋がっていた

本作の冒頭には、次のようなことが書かれている。仙台のスナックで働く、身寄りのない女性についてである。彼女は36歳の時に、夫と12歳の息子を残し、家を出た。10年ほどが過ぎた頃、彼女は一人の客と深い仲になった。その相手の男性は、仕事で遠方に行くこ…

誉田哲也『ノーマンズランド』長かった20年という歳月、願いが叶わぬことを知ったとき

葛飾区青戸三丁目のマンションの一室で、女子大生の遺体が発見された。被害者は、この部屋の住人であり、大学へ通うために親元を離れて一人暮らしをしていた女性。発見者は被害者の大学の友人およびマンションの管理人。葛飾署に特別捜査本部が設置され、姫…

東野圭吾『沈黙のパレード』共犯者の誰も知らなかった隠れた真実

ミステリー小説において、遺族らの視点に立つ復讐のための殺人というストーリーは受け入れにくいこともある。だが本作は、そういう経緯があったのかと、事件の真相や話の展開に関心を持ち続けながら読了できた。殺意の有無、予期せぬ事態、不運な出来事。自…

綾辻行人『十角館の殺人』熱烈なファンの多い本格ミステリ

復讐劇が始まることを告げるプロローグ。冒頭を読み始めただけで、作者の筆力を感じ、本作への期待感が高まる。彼、つまり殺人を犯す人物は誰なのか。読者が推理することになる。いわゆる叙述トリックを用いたミステリ。プロローグは、殺人を計画している彼…

宇佐見りん『推し、燃ゆ』主人公には早く立ち直って欲しい

僕自身は、これまでの人生で、アイドルを強く推したという経験はない。好きな芸能人は誰か、と聞かれてもすぐに頭の中に浮かばないくらいだ。地方で生まれ育ち、のめり込んでしまうような機会も少なかった。 現実の世界に落胆して、誰かを憧れたり、応援した…

買い替えると買い換える、どちらが正しいのか

「買い替える」と「買い換える」、どちらの漢字を使うべきでしょうか。辞書類で調べたところ、「買い替える」の方が的確という見解が載っていました。ただ、最近刊行された本や雑誌でも、両方の字が使われています。この事は国語辞典でも言えます。 まず、『…

違和感を異和感と書くのは誤り?

「違和感」を、「異和感」と書いている文章を見ることがあります。一般的には、「違和感」と書くのが正しいと言えるでしょう。この文章をWordで書いていますが、同音語誤りと指摘されます。 しかし、「異和感」という表記が誤りとは、必ずしも言い切れないよ…

石田衣良『4TEEN』14歳のときの自分を振り返りたくなる連作短篇集

石田衣良さんの『4TEEN』は、2003年に新潮社から刊行された連作短篇集。石田衣良さんは、本書で第129回直木賞を受賞した。『小説新潮』に掲載された6篇と書下ろし2篇の8篇からなる。 基本的には中学生の青春や学校生活などに纏わる物語。爽快な文体が心地よ…

柴崎友香『春の庭』古いアパートでの出会いと懐かし記憶を辿る物語

柴崎友香さんの中篇『春の庭』は第151回芥川賞受賞作。初出は『文學界』2014年6月号。同年7月に文藝春秋より単行本が刊行されました。柴崎友香さんは、本作の出発点が実体験から想像を膨らませたものであることを、インタビューで明かしています。写真家が自…

柳美里『家族シネマ』場面々々が面白い小説、主人公・素美の家族と仕事の話

柳美里さんの短篇「家族シネマ」は第116回芥川賞受賞作。初出は『群像』1996年12月号。1997年刊行の単行本『家族シネマ』には、表題作のほか、『リテール』1996年春号掲載の「真夏」、『小説トリッパー』1996年冬季号掲載の「潮合い」、三篇が所収されている…

川上弘美『蛇を踏む』端的に言えば変身譚、筆力の評価が高い作品

川上弘美さんの短篇「蛇を踏む」は第115回芥川賞受賞作。初出は『文學界』1996 年3月号。同年に刊行された単行本には、表題作「蛇を踏む」のほか、『野性時代』1996年3月号掲載の「消える」および『文學界』1996年9月号掲載の「惜夜記(あたらよき)」の三篇…

白石一文『ほかならぬ人へ』若い男女の恋愛感情や葛藤などをリアルに描写

白石一文さんの『ほかならぬ人へ』は、祥伝社より2009年に単行本が刊行され、第142回直木賞を受賞した作品。中編二作の作品集である。初出は、かつて祥伝社ムックとして刊行されていた小説誌『Feel Love』。『Feel Love』は、20代女性を主な読者層とする読み…

平野啓一郎『マチネの終わりに』運命の出会いから始まった大人の切ない恋物語

世界的なクラシック・ギタリストの蒔野聡史と、国際舞台で活躍するジャーナリスト・小峰洋子。本作は、この魅力溢れる二人の恋物語である。世界で活躍できるような、特別な二人の恋物語であるが、心を打たれる作品であった。 出会ったときの彼らの年齢は、蒔…

川上未映子『乳と卵』大阪出身の女三人が織りなす物語

思春期を迎える女の子とその母親、そして語り手のわたし 川上未映子さんの『乳と卵』(ちちとらん)は、第138回芥川賞受賞作。川上未映子さんは1976年、大阪府生まれ。本作は、独特な大阪弁の文体で書かれており、それが小説としての面白さにもなっていると…

綾辻行人『時計館の殺人』シリーズ第5作は想像を超える大仕掛け

悲しみの連鎖が憎しみの連鎖となり惨劇を生む 館シリーズ第5作『時計館の殺人』<新装改訂版>を読了した。1991年9月に講談社ノベルスから刊行された新書判および1995年6月刊行の講談社文庫版は一冊に収まっていた。が、2012年の全面改訂にあたり上下巻二分…

映画『岸辺の旅』生と死をテーマにした作品、夫婦の絆をストレートに表現

映画『岸辺の旅』は、夫婦の絆や人々との関わりを描いたヒューマンドラマ。あるいは、夫婦の愛を描く、大人のラブストーリー。死者との旅ではあるが、淡々と物語は進む。ホラーやミステリーの要素の強い作品ではない。原作者の湯本香樹実さんによると、ホラ…

山崎ナオコーラ氏の短編小説「笑顔と筋肉ロボット」科学技術の進歩のおかげで性差は縮まる!?

物語は笹部紬(ささべ・つむぎ)の幼少期から始まる。紬は、小柄で華奢、顔立ちが美人というわけでもない。そういった女の子ということもあり、親からは笑顔と挨拶を大事にし、優しくて明るい大人になりなさい、と言われる。そして、そのように振る舞いなが…

大前粟生『おもろい以外いらんねん』笑いと差別をテーマにした中編小説

2020年のコロナ下、リアルタイムのお笑い芸人にスポットをあてながら 大前粟生さんの中編小説『おもろい以外いらんねん』は、笑いと差別をテーマにと依頼され、書き上げた作品とのこと。2020年のコロナ下、リアルタイムで現実でも起きているようなことをフィ…

藤原無雨『水と礫』物語を反復させながら広げていく章立てが特徴的な作品

藤原無雨(ふじわら・むう)さんの『水と礫』は第57回文藝賞受賞作。藤原無雨さんは、1987年兵庫県姫路市生まれ。ライトノベルでのペンネームは、マライヤ・ムー。この小説は、章立てに特徴がある。章の冒頭に「1」「2」「3」と数字が振られているのは普通だ…

映画『天気の子』神秘的で叙情的な物語に感動

冒頭のリアルな背景美術を目にした時点で、作品に引き込まれた。美しい映像や音楽は、神秘的な物語をより感動的にする。高い評価を受けるアニメーション映画の境地に納得させられた。劇中の音楽も感動的。音楽はやはり実際に聴いてこそ感動できるもの。 この…

村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』世界を作り上げる大きな物語の、ごく微小な一部

村上春樹氏の著作『猫を棄てる 父親について語るとき』を読んだ。読みやすい文章で書かれているので、すらすらと一気に読み進めることができた。村上春樹氏はあとがきで、この文章で書きたかったことのひとつを挙げている。それは次のような内容だ。 戦争と…

木崎みつ子『コンジュジ』現実と妄想と伝記の三つが絡み合う重層的な構造の小説

木崎みつ子氏の小説『コンジュジ』は第44回すばる文学賞受賞作。木崎みつ子氏は1990年大阪生まれ。 この小説の主人公の名前は「せれな」。三人称で描かれている。冒頭には、11歳の少女がイギリス人のロックスター・リアンに恋をしたことが、書かれている。そ…

村上春樹『一人称単数』短篇集についての総括と世間の評判

短篇集は、文章の名手と言われるような、老練な作家が書くもの、という意見を聞くことがある。この考えからすると、村上春樹氏の短篇集『一人称単数』は正にその通りである。村上春樹氏本人は、短篇の創作を実験の場としている、といった発言をすることがあ…

村上春樹『一人称単数』作品を自由に楽しんでほしいとのこと

村上春樹氏は、高校生から短篇集『一人称単数』について質問を受けた際に、作品を自由に楽しんでほしい、と述べたそうだ。国語の設問で、主人公の心情や何を意味しているかなどを問われることがある。村上春樹氏は、これに否定的。著者の村上春樹氏本人も分…

村上春樹『海辺のカフカ』15歳の少年が主人公の幻想的な物語

村上春樹さんの『海辺のカフカ』は、2002年9月に新潮社から刊行された、書き下ろしの長編小説。村上春樹さんの長編小説としては、10作目となる。上下巻二分冊で刊行され、上巻が397ページ、下巻が429ページの分量。 『海辺のカフカ』は、15歳の少年が家出を…

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』夫婦の感情のもつれ、戦前の満州国

『ねじまき鳥クロニクル』は、村上春樹さんの8作目の長編小説。1994年4月発売の「第1部 泥棒かささぎ編」「第2部 予言する鳥編」、1995年8月発売の「第3部 鳥刺し男編」の3巻から成る。新潮社から刊行された。「第1部 泥棒かささぎ編」は、『新潮』(1992年1…

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』二つ物語がパラレルに進む

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、村上春樹氏の4作目の長編小説。本作は、村上春樹氏にとって初の書下ろしの長編小説である。1985年に新潮社から刊行された。 村上春樹氏は1949年1月生まれ。30代の村上作品である。初期三部作と呼ばれる、…

ノーベル賞作家・大江健三郎氏が初期に書いた短編小説

大江健三郎氏は1935年愛媛県生まれ。1994年にノーベル文学賞を受賞した。氏は東京大学文学部フランス文学科在学中から学生作家として有名になり、在学中に芥川賞を受賞している。 新潮社刊行の『死者の奢り・飼育』および『見るまえに跳べ』 第39回芥川賞受…