Literary blog

世の中の動きと文学について

平野啓一郎『マチネの終わりに』運命の出会いから始まった大人の切ない恋物語

世界的なクラシック・ギタリストの蒔野聡史と、国際舞台で活躍するジャーナリスト・小峰洋子。本作は、この魅力溢れる二人の恋物語である。世界で活躍できるような、特別な二人の恋物語であるが、心を打たれる作品であった。

出会ったときの彼らの年齢は、蒔野聡史が38歳で、小峰洋子が40歳。蒔野聡史は独身であったが、小峰洋子にはフィアンセがいた。
2006年、コンサートを終えた蒔野聡史は、関係者から小峰洋子を紹介された。意気投合した二人は、連絡先を交換する。会話を重ねる度に、お互いに運命の人と、確信するようになる。愛情が高まる一方だが、二人には時間がない。
遂に蒔野聡史は、小峰洋子へ抑えられない愛の告白をし、小峰洋子もまたフィアンセとの婚約解消の決断をする。
そんな矢先、不運な出来事が重なってしまう。そして、悲痛な結果をもたらした。二人は、お互いに真相を知らないまま、それぞれの人生を送る。

もうやり直せないとしても、真相を知ることができたのは、救いになったと思う。漸く再会できたのは、五年半の歳月が流れてから。どのような言葉を交わしたのかは書かれていない。本作を読み終えてから、想像してみるとよいと思う。
妻がいて、子供が生まれていても、二人きりで会ったことは許されるだろう。大人の切ない恋物語として、幕を閉じた。

本筋は、切ない恋物語だが、この期間に世界で起こった出来事にも触れながら物語は進む。平野啓一郎さんは、本作の執筆にあたり、数多くの書籍を参考資料として読み込み、協力者への取材を重ねている。
それらも、本作の優れたところ。読み応えのある小説であった。

蒔野聡史と小峰洋子とが惹かれ合う理由だけでなく、特にジャーナリストである小峰洋子の視点は興味深い。結婚した経済学者・リチャードら、登場人物との会話などには考えさせられることが多い。
蒔野聡史もまた、超一流の芸術家でありながら、恩師への恩を決して忘れない人であり、周囲への気遣いができ、陽気なところが魅力的であった。
二人は、お互いを運命の人と感じ、精神的な面で確かめ合い、結婚することを願った。それを成し遂げようとする過程は、常識の範囲であったが、成し遂げられなかった。五年半の歳月が流れてから再会した二人には、話したいことが山ほどあったであろう。

 

川上未映子『乳と卵』大阪出身の女三人が織りなす物語

思春期を迎える女の子とその母親、そして語り手のわたし

川上未映子さんの『乳と卵』(ちちとらん)は、第138回芥川賞受賞作。川上未映子さんは1976年、大阪府生まれ。本作は、独特な大阪弁の文体で書かれており、それが小説としての面白さにもなっていると、感じた。会話文にも地の文にもその傾向がある。
川上未映子さんが、身内や地元の親しい友人との会話で使っていたような言葉なのだと思われる。大阪弁には、テレビなどである程度慣れてはいるが、方言で書いた小説というか、個性の強い文章というか、多少、あくの強い文章だと感じる人はいるかもしれない。ただ、引き込まれる文章であることは確かだろう。

この小説は「わたし」という一人称で語られる。語り手の「わたし」は東京のアパートで一人暮らしをしている独身女性。出身は大阪のようだ。わたしには姉がいて、姉の名前は巻子。巻子の娘、つまりわたしの姪の名前は緑子。巻子の年齢は現在、39歳。緑子は小学高学年の女の子。大阪に住む母子家庭である。
緑子の大きい方のノートには、彼女の叔母であるわたしは夏ちゃんと書かれている。物語の後半で明かされるが、実は語り手のわたしはこっそりと緑子のノートを見たのだ。緑子のノートには、大きいノートと小さいノートがある。
巻子と緑子は、親子関係がうまくいっておらず、緑子は半年くらい前から喋らなくなっていた。辛うじて、小さいノートを使ってやり取りはする。姉の巻子が、視点人物のわたしを呼ぶときは、あんたで、わたしは姉を巻ちゃんと呼ぶ。

この物語は、東京の「わたし」の元へ、巻子と緑子の母子が、ある目的で訪ねてきたときの話。巻子と緑子が、わたしの東京のアパートに三日間滞在する。主な登場人物はこの三人。わたしと姉と姪、女三人の物語である。
彼女らが東京へ来る前の電話で、わたしは巻子と緑子の親子関係がうまくいっていないことを聞かされ、心配していた。小説を読んでいて二人のことが心配になったが、もちろん見守ることしかできない。

緑子は、この年代特有の心配事を強く内面に抱え込んでる様子。それと母親のことも心配なのだ。本当はいい子なのだろう。
母親の巻子は、十年前に夫と別れた。この物語は母子家庭の話でもある。巻子は、離婚してから、スーパーや工場などで働き始めたが、生計を立てられずに、ホステスの仕事を始めた。勤め先は、大阪の京橋、高級なものとの縁は一切ない地域で、いわゆるスナックに類するところ。
巻子には女性特有のコンプレックスがある。東京へ来た目的は、そのコンプレックスを解消すること?それは豊胸手術!!
語り手のわたしは、母子の関係の修復の方が重要だと思いながら、姉に強く忠告することはない。親子関係は簡単なものではなく、自分が子どものいない身だし、妹だからといってとやかくいうべきではないと、考えていたのかもしれない。呆れてしまう人が多いだろうが、姉妹ということもあり、共通点があるのかもしれない。ただ、語り手のわたしは、やんわりとは触れる。豊胸手術が必要なのかということについて。

この小説の文体は、句点をあまり使わずに、直接話法と間接話法を織り交ぜながら、読点でつなぐことが多いため、一文が長くなることが多い。わたしが緑子と筆談したときに、緑子が小さな方のノートに書いた文章は、「<」と「>」の記号で囲み、「わたし」の語りの中に入る。冒頭や話の途中に、「○」で始まる文章が挿入されている。これらは、緑子の大きい方のノートに書かれている文章。語り手のわたしは、緑子のリュックから大きい方のノートをこっそりと取り出して読んだので、内容を知っている。語り手のわたしは、ゆっくりと2回読む。そうなるような内容なのだ。

緑子は、母親と喋らないことを、「禁止中」という表現で、ノートに書いている。その「禁止中」が終了したときはほっとした。母親は、いつまでも頑なに筆談を続ける娘に対してストレートに感情をぶつけ、母親のことを心配していた娘の緑子もまた、本心をいう。ただ母親は酔っ払っていた。
不器用な親子の会話であるが、本音をぶつけ合ったことで、仲直りできたようだ。仲直りする場面で、親子二人が変わった行動をする。その場面には、語り手のわたしもいて、見届けることができた。その様子が目に浮かび、三人の人柄も伝わってくる。翌朝からは、緑子は普通に会話するようになり、一安心。

川上未映子さんの「乳と卵」の初出は、『文學界』2007年12月号。単行本の刊行は2008年2月。単行本には『文學界』2008年3月号掲載の「あなたたちの恋愛は瀕死」も併録されている。
それから2019年刊行の長編『夏物語』は、「乳と卵」の登場人物があらたに織りなす物語。主人公の名前は夏子。彼女は小説家を目指して上京したとある。2020年に英訳された『Breasts and Eggs』は『夏物語』の翻訳。

 
 

綾辻行人『時計館の殺人』シリーズ第5作は想像を超える大仕掛け

悲しみの連鎖が憎しみの連鎖となり惨劇を生む

館シリーズ第5作『時計館の殺人』<新装改訂版>を読了した。1991年9月に講談社ノベルスから刊行された新書判および1995年6月刊行の講談社文庫版は一冊に収まっていた。が、2012年の全面改訂にあたり上下巻二分冊となった。分量は400字詰め原稿用紙で900枚超の長さ。本作は、第45回日本推理作家協会賞受賞作。

綾辻行人さんの話では、何となく5作目の館を「時計」と決めたときには、時計塔のある大きなお屋敷をイメージしただけで、具体像は見えていなかったらしい。その後、ある食事の席で、食後のコーヒーを飲んでいるとき、ふとある言葉の組み合わせが頭に浮かんだそうです。それは『時計館の殺人』のメイントリックを端的に言い表わしたもの。そして、その思いつきを物語の核にし、さまざまなアイデアを織り込んでプロットを膨らませることに時間を費やしたそうです。その後、鎌倉や時計博物館で取材をし、1991年の始めに本文の執筆に取り掛かったとのこと。
あとがきによれば、新装改訂版では全編にわたる細やかな改訂を行なった模様。綾辻行人さんはあとがきで、できれば今後、新装改訂版を基準に論じてほしい、と述べている。

本編を読み終えたあと、解説にも目を通したが、著者への造詣の深い一流作家が書いているということもあり、感興が強まった。1960年生まれの綾辻行人さんの作品についての解説を、1930年生まれの皆川博子さんと1978年生まれの米澤穂信さんが書いている。
旧版解説の皆川博子さんは、ミステリ、時代小説、幻想小説歴史小説などの幅広いジャンルで、約半世紀にわたる実績のある方。文学賞の受賞歴も多い。
皆川博子さんは、本作だけに限った意見ではないが、次のようなことを述べている。論理で構築する本格ミステリと日常の論理から飛翔した幻想小説は対極にあるのだから、融合させて成立させることは至難にちかい。しかし綾辻行人さんは、この課題をクリアし創造した、と。そして綾辻行人さんには幻視の詩人の資質が内在するとも。
皆川博子さんは、本作は本格の論理を一貫させた作品であるが、やはり幻想の力を感じる、と述べている。
なるほどと思った。解説を書いた皆川博子さんご本人も幻想的な作品を書くため、通じるところがあるのかもしれない。また、本作においては、実際に故人となった作中の登場人物が残した詩が、物語の展開において重要な要素となっている。
限られた時間を生きる人間が、その所有する時間を突然断ち切られるなら、死はより切実なテーマとなる。悲しみというテーマも、確かに感じ取れる。
新装改訂版解説は米澤穂信さん。米澤穂信さんが綾辻作品と出会ったのは、中学生のときとのこと。『十角館の殺人』に衝撃を受け、すぐに続刊を探したことを、解説の冒頭に書いている。米澤穂信さんの解説も興味深い。その事については、もう少し後に触れる。

ミステリ小説において、死というテーマはほぼ欠かせない要素になる。この本格ミステリ時計館の殺人』においても、時を前後して連続的な惨劇が起こる。作中における十年前と現在。
本作の事件は、時計塔があり、百を超える時計に囲まれた、異様な雰囲気の屋敷内で起こる。そこは、古峨精計社の前会長で故人の、古峨倫典が奇矯な建築家、中村青司に設計を依頼して建てた屋敷。中村青司は、からくり趣味があり、ときには建築主にも内緒で、隠し棚や隠し扉や秘密の抜け道などを作った人物。
今回は、その事を知る、稀譚社の新米編集者・江南孝明が、殺人現場となる旧館にいたため、早期にトリックの謎に気づき始める。江南孝明は、雑誌『CHAOS』の編集部に所属。『CHAOS』は、オカルトブームに便乗して創刊された雑誌。彼らが時計館を訪れた目的は、「亡霊に挑む」という、稀譚社の特別企画を開催すること。時計屋敷には、少女の幽霊が付近の森を徘徊するという噂がある。
雑誌の企画についてもう少し具体的に触れる。それは時計屋敷の旧館に三日間、取材チームが閉じこもり、屋敷に棲む亡霊とコンタクトを図るというもの。その交霊会は、美人霊能者の光明寺美琴を中心に、W**大学超常現象研究会の学生も加わる。稀譚社からは江南孝明のほか、『CHAOS』の副編集長と稀譚社のカメラマンが参加。旧館は密室となり、外部との連絡手段なども絶った状態で行われた。
そして推理作家の鹿谷門実は、時計屋敷に出入りする機会を得たものの、交霊会には参加しておらず、新館などを行き来する。鹿谷門実は探偵役を担う人物。また、偶然に出会ったW**大学超常現象研究会の学生・福西涼太と行動を共にする。彼は、交霊会への参加予定者であったが、急用があり、交霊会の開始に間に合わなかった。

米澤穂信さんは、巻末の解説で『時計館の殺人』が誰の物語なのかについて、次のようなことを述べてる。内部の江南孝明、外部の福西涼太、探偵役の鹿谷門実という視点人物がいて、彼らの物語であることも確かであるが、古峨倫典の物語として読む、という意見を述べている。
この意見には同感である。この物語は古峨倫典の狂気じみた娘への愛により建てられた時計館があってこそ成り立つもの。また、古峨倫典が残した「沈黙の女神」に関する詩は、クライマックスの核となる。

綾辻行人さんのデビュー作は、1987年刊行の『十角館の殺人』。刊行予定が固まったあとにシリーズ化を思いついたとのこと。第4作で完結するつもりが、ある時点で続行を決め、完結予定を全10作までに改めたと述べている。館シリーズは長編作品であり、第7作の『暗黒館の殺人』は、新書が上下二分冊、文庫化のさいは四分冊に。
刊行の順番は『十角館の殺人』『水車館の殺人』『迷路館の殺人』『人形館の殺人』『時計館の殺人』『黒猫館の殺人』『暗黒館の殺人』『びっくり館の殺人』『奇面館の殺人』。つまり2021年2月現在、残すところあと一作。第9作『奇面館の殺人』が講談社ノベルスから刊行されたのが2012年1月。少し間隔が空いていますね。
なお講談社ノベルスは、主に推理小説を扱い、軽装の新書判で発行する講談社の小説レーベル。
時計館の殺人』に関しては、講談社ノベルス講談社文庫のほか、2006年に双葉文庫からも「日本推理作家協会賞受賞作全集」の一作として収録され発売されている。

 
 

映画『岸辺の旅』生と死をテーマにした作品、夫婦の絆をストレートに表現

映画『岸辺の旅』は、夫婦の絆や人々との関わりを描いたヒューマンドラマ。あるいは、夫婦の愛を描く、大人のラブストーリー。死者との旅ではあるが、淡々と物語は進む。ホラーやミステリーの要素の強い作品ではない。原作者の湯本香樹実さんによると、ホラーっぽくなったところもあったが、何度も読み返し書き直し、バランスに気をつけながら、書き上げたとのこと。

瑞希深津絵里)の夫・優介(浅野忠信)は、3年前に失踪した。瑞希は、喪失感の中で、子供にピアノを教える仕事を再開。
そのような中、突然、優介が帰ってきて、自分は死んだと瑞希に告げる。3年ぶりの再開。驚きながらも受け入れる瑞希。この物語が始まる重要なシーンのひとつと言えるだろう。
そして優介は、二人で旅に出ないかと瑞希を誘う。それは、優介が失踪中の3年間にお世話になった人々を訪ね、彼らと夫婦で交流するとともに、瑞希と優介がお互いの愛を確かめあう旅となる。だが、追体験が終わり、二人の別れの時が近づく。

原作者の湯本香樹実さんは、文學界に掲載された作品が単行本として上梓される際のインタビューで、身近な人の死や脆くて不確かな世界、その中にあるたとえようのないほど懐かしいものを描きたかった、といった主旨の話をしたことがある。
また、湯本香樹実さんは、小説を書き始める際は、ストーリーの構成を決めずに、小説の核となるものが見えたら、書き始めるとのこと。それは映像として頭に浮かぶことが多く、時にはひとつの言葉や台詞だったりもするそうです。湯本香樹実さんによれば、その時が創作のピークであり、あとははっきりと決めずに書いていき、意外性があったほうが最終的には上手くいくと述べている。この作品では、団子の「しらたま」が発想のポイントのひとつ。

対して黒沢清監督は、プロデューサーに薦められて原作を読んだとき、画期的で映画的と感じたらしい。死者が戻ってくる話はよくあるが、生きている瑞希にとっては未来に向かって現在進行形で物語が進む。ただ、全編を通して、ストレートに夫婦の関係を貫くような小説であり、派手さはないため、どのような映画にすべきか、ちょっとした迷いはあったとのこと。
黒沢清監督が映画化した『岸辺の旅』は、湯本香樹実さんの同名の原作小説と同様に、死んだ優介が肉体のあるもののように描かれている。ただし、死者が消えてしまったり、生活していた幻影の家屋が、荒れ果てた現実の状態に戻ったりするシーンはある。本作は、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。

 
 

山崎ナオコーラ氏の短編小説「笑顔と筋肉ロボット」科学技術の進歩のおかげで性差は縮まる!?

物語は笹部紬(ささべ・つむぎ)の幼少期から始まる。紬は、小柄で華奢、顔立ちが美人というわけでもない。そういった女の子ということもあり、親からは笑顔と挨拶を大事にし、優しくて明るい大人になりなさい、と言われる。そして、そのように振る舞いながら、成長していく。ただ大人になり、結婚してからも、その考えた方に対する違和感が消えない。

本作のテーマはジェンダー。つまり歴史的・文化的・社会的に形成される性別。性別によって社会から要求される役割り、男らしさと女らしさについて。

高校生になった紬は、性差より個人差の方が大きいことに気づく。だが、社会での助け合いでは、性別による線引きをしないと、得意不得意の判断が難しいような気もする。
大学生のときにファストフード店でアルバイトをした。仕事内容は接客とフロア掃除など。そこで健という男性と知り合う。彼は半年早く働き始めた先輩。仕事内容と時給が同じでも、自然と役割分担のようなものが生まれる。好意と感謝により成り立っているのかもしれない。二人は相性が良いようにも思える。
大学を卒業した紬は、家電メーカーに就職し、営業事務の仕事を始めた。一般的に女性を対象とする職種。男女雇用機会均等法が改正されるまで、ハローワークの求人に女性希望とはっきりと記載されていた職業。現在、そのような記載はなくても、採用されるのはほぼ女性であろう。

結婚した紬は、しばらくはこれまで通りに生き、自分に難しいことは夫に頼る。だが、夫にお願いしていた作業も、便利な道具を使えば自分ひとりでできた。そして、最先端のロボット技術にも興味を持ち、ついには手に入れてしまう。性差に悩む必要のない世界は実現するのか。

このように物語は展開していく。作品のテーマはジェンダーフェミニズム的なことを主張する作品ではないので、男性も女性も共感できるだろうし、楽しめそうな作品だと思う。とくに物語の後半では、夫婦の会話に深みを感じたし、ユーモアのセンスにも感心した。

山崎ナオコーラさんの短編小説「笑顔と筋肉ロボット」の初出は、月刊誌『すばる』2020年11月号。集英社刊行の短編小説集『肉体のジェンダーを笑うな』に所収。